富山湾の沖合いでは、9月に入ると直径が1.5mある鉄製の重い「カニカゴ」が、ひとつの漁場で300個以上も沈められます。水深800〜1500m付近に沈められたカゴが再び引き揚げられるのは2〜3日後。仕込まれた餌を求めてカゴに入ったベニズワイガニは、深海から一気に漁船へ引き揚げられます。水圧が高い深海から海上へ急浮上させられるベニズワイガニは、まったく身動きできないまま浜へ揚げられ、水分が抜けないように甲羅を下にした仰向けの状態で並べられます。全身に帯びた朱色は、熱を通すとさらに鮮やかさを増し、里の紅葉よりもひと足早く、鮮やかな紅色で浜に秋の到来を告げます。
冬の味覚の代表格とされるカニですが、ベニズワイガニは水温がほとんど変化しない水深400〜2700mの深海で生息します。この海域の水温は0.5〜1.0度程度。水深200〜600mに生息するズワイガニに比べて殻が柔らかく、水分が多く含まれるのは、水圧が高い深海域に生息するためと考えられます。茹でると水っぽく、身が柔らかいことから、ズワイガニの代用品として扱われる時代が長く続きました。しかし最近では、殻の身離れがよく、肉厚があり、甲羅のなかのミソがおいしいといった点が見直され、人気が高まっています。6〜8月が禁漁とされているのは、ベニズワイガニの乱獲を防ぐ観点からです。3カ月間の禁漁期間が過ぎれば、また深海に「カニカゴ」が仕掛けられ、浜は再びベニズワイガニ漁で活気づきます。
ベニズワイガニが本格的に漁獲されはじめたのは、「カゴ漁法」が導入されてからです。それ以前は、網に餌となる魚をとり付け、食べに来たカニが網にからまって動けなくなったところを捕獲していました。ところが、からまったカニの取り外し作業に時間がかかり、その間の鮮度落ちが激しく、網も痛むことから、決して歓迎されるものではありませんでした。そこで、魚津市の漁師・浜多虎松さんが当時から北海道で行われていたズワイガニのカゴ漁法に目をつけました。浜多さんは、ベニズワイガニにカゴ漁法を応用するためにカニカゴを研究し、昭和30年前後に漁獲を成功させました。噂を聞きつけた漁業関係者らが次々に「カゴ漁法」を取り入れ、その後瞬く間に日本海一円に広まりました。現在では世界中のベニズワイガニ漁がこの「カゴ漁法」によって行われています。
魚津市では浜多虎松さんの功績を讃えて、毎年2月に「かにの陣」と題するイベントが催されます。市内にある観光物販施設「海の駅蜃気楼(しんきろう)」を会場に、ベニズワイガニが格安で販売され、毎年大勢の来場者で賑わいます。
「ベニズワイガニ」という名前は、ズワイガニよりも体全体に紅色が濃いことから、昭和23年(1948)に農林水産省水産試験場によってつけられた日本名です。生態の起源をたどると、主に北極海のアラスカ沿岸、グリーンランド西岸や北米の大西洋、太平洋沿岸に生息していたズワイガニが、今から1万年前の氷河期が訪れたときに南方へ移動。氷河期が終わり対馬海流などの暖流が日本列島近海に流入したことで日本海に閉じ込められ、冷水温の深海域へ移動していくなかで、ベニズワイガニへ進化したと考えられています。
現在は、日本海と銚子以北の北海道に至るまでの太平洋岸、そしてオホーツク海までの広範囲にベニズワイガニは生息しています。海域によって大きさに差があり、日本海のものは甲羅が雄で幅85mm、雌で70mmほど。親ガニになるまでに、約8年がかりで計11回の脱皮を繰り返します。浅海底に棲むカニに比べて成長が遅いのは、冷たい深海域で少ない餌を食べて生息するためと考えられます。
ベニズワイガニは深海に生息するため、その生態はまだ解明されていない部分が多いのが現状です。現在も富山県農林水産総合技術センター(旧富山県水産試験場)の深層水利用施設によって、ベニズワイガニの調査研究が継続的に行われています。
ズワイガニは、北海道から山陰地方島根県沖までの日本海に広く分布します。各地で冬の味覚の代表格として親しまれ、山陰地方では「松葉ガニ」、福井県では「越前ガニ」といったブランド名で知られています。一方のベニズワイガニは、兵庫県では「香住ガニ」と呼ばれます。「冬は松葉ガニ、春秋は香住ガニ」として、双方が肩を並べています。
ベニズワイガニとズワイガニは、水深400〜600m周辺で生息域が重なります。そのため、交雑同体による交雑種がしばしば生まれます。交雑種は味が良く喜ばれますが、近接種同士のため繁殖は出来ません。ズワイガニとベニズワイガニの交雑種は、両者がお互いの特長を引き立てあうことによって生まれる象徴的な存在ではないでしょうか。
長くズワイガニの代用品の地位に甘んじたベニズワイガニ。しかし、ズワイガニと異なる個性的な味わいや、その生態が知られるに従って、次第に存在価値が認められるようになっています。
参考文献
富山写真物語「万華鏡」51号・ベニズワイガニ
富山湾水産動物誌「富山湾魚類図鑑」第3号・ベニズワイガニ
きららか射水観光NAVIホームページ「いみずカニ物語2008」
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