日本三大深湾のひとつに数えられる富山湾には、海岸から水深1,000メートル付近まで急激に落ち込む海底谷があります。300メートル以深には、水温0度に近い日本海固有水=海洋深層水があり、そこには多様な生物が存在しています。ホタルイカ、ベニズワイガニ、シロエビはよく知られた存在になりましたが、近年にわかに注目を浴びているのが、ゲンゲです。
ゲンゲは、水深200~600メートルほどに棲む深海魚です。体長20センチほどで細長く、身は白く透明感があります。全身がヌルヌルとした分厚いゼラチン質で覆われおり、大きなおたまじゃくしのような印象です。身は適度な脂がのっており、漁村では昔から味噌汁の具や吸い物の種として使われていました。また、天婦羅や唐揚げにすると柔らかなフワフワした食感があり、干したものを軽く炙れば酒肴として最適と評価が高まっています。
富山湾でゲンゲが捕獲されるのは、底曳き網が稼働する9月から5月までの時期です。カニやシロエビと違い専門の漁はなく、底曳き網を引き上げる際にそのゼラチン質の体が網に巻きついて引き揚げられます。30年ほど前までは、網や魚たちを傷つける魚として嫌われていました。グロテスクな顔つきも災いして、漁師たちの間では「下の下(げのげ)」と呼ばれ、浜に打ち捨てられていたといいます。非常に多くの水分を含んでいるために劣化が早く、すぐに生臭くなるため、せいぜいで漁村の家庭料理に活用される程度のものでした。
近年になって、流通が速くなり、割烹や料亭で天婦羅や唐揚げとして提供されはじめたことで、これまであまり口にすることがなかったゲンゲの味わいが知れわたるようになりました。そしていつしか、雑魚の雑魚として扱われてきた「下の下」が、滅多に出逢うことのできない幻の魚=「幻魚(げんげ)」と呼ばれるようになりました。この名は、富山湾に幻のように出没し、めったに出会えない「蜃気楼」を、また、お吸い物で食した際に、舌の上で幻のように溶けていく食感と重なり、ゲンゲという魚を見事に言い当てています。
全身を覆うゼラチン質に豊富なコラーゲンが含まれている点も、ゲンゲが評価される一因となりました。県内ではゲンゲに含まれるコラーゲンを使った栄養補助食品が開発され、話題になっています。急速冷凍したゲンゲから、有効成分だけを濃縮させて粉末化させるもので、これがせんべいなどの菓子類や食品への加工にも使われています。
ヌルヌルした感触やグロテスクな外観にばかりに注目が集まっていたゲンゲですが、全身に含まれるコラーゲン成分の存在により、さらなる需要の拡大が期待されています。
ゲンゲは日本および近海に40種近くが棲息し、そのうち日本海に8属16種が、そのほかはオホーツク海やベーリング海といった寒海系の深海に棲息します。県内では主にノロゲンゲが捕獲され、富山湾のほか、福井沖でもよく獲れ、3〜4月に抱卵期を迎えます。食用にされるのは、カンテンゲンゲ、シロゲンゲ、タナカゲンゲなどがあり、いずれも似たような生態のため、同じようにして食べられます。
■2011年2月:寒締めほうれん草